建築ブック 06『建物形状と建設コスト』
私達が設計活動を通じて培ってきた建築の知恵や知識の中で、皆様のお役に立ちそうな情報をご紹介させていただく『建築ブック』の第6回。
今回のテーマは『建物形状と建設コスト』について。
近年は物価の上昇に伴い、住宅をはじめ多くの建築で工事費が高騰する傾向が続いており、建設コストに配慮した設計の重要性が一層高まっていように感じています。
こうした状況を踏まえ、今回は「建物の形状がコストにどのような影響を与えるのか」について、具体的な検証も交えながら考えてみたいと思います。
まずはじめにご理解いただきたいのが、
建物を建築する場合、最も大きなコスト要素となるのは、建物の外皮部分、つまり屋根、外壁、床(基礎)といった外部と接する部分であるという点です。
図のように、建物の外皮は風雨や外気を遮る役割だけでなく、断熱性や耐久性といった高い性能も求められるため、室内の間仕切壁や階を隔てる床などと比べて、使用する材料や工事費もかなり高額になります。
たとえば木造住宅の場合でも、間仕切壁と外壁では、同面積で比較して外壁の方が約2倍以上のコストがかかることも珍しくありません。(※使用材料によって異なります。)
また、床についても同様で、1階の床は、その下に基礎や砕石が必要となり、さらに地盤が軟弱な場合には地盤改良費も加算されます。そのため、上階の床など階を隔てる床と比べると、2倍から4倍ほどコストがかかる場合も多々あります。
したがって、コストを意識した家づくりの場合、外皮の面積、すなわち建物の表面積をいかに抑えるか、コンパクトにするかが、とても重要なポイントになってきます。
ここで、分かりやすい例を挙げてみたいと思います。
下の図は、いずれも延床面積が106㎡(約32坪)、1階あたりの階高を3.0mとして計画した住宅の模式図です。
※考え方をできるだけシンプルにするため、屋根はフラットとし、軒の出や基礎も省略した「箱型」のイメージで比較しています。加えて、総2階建の方には実際には階段が必要で、実有効床面積としては1坪(約3.3㎡)ほど少なくなることを予めご了承ください。
さて、総2階建と平屋の場合、どちらの表面積が多くなるでしょうか?
この比較は直感的にイメージしやすいかと思いますが、表面積が大きくなるのは平屋の方です。
実際に計算して比較した結果が下表になります。
表面積の合計では、平屋の方が約55㎡多くなります。
部位ごとに見てみると、平屋は外壁こそ約51㎡少なくなりますが、屋根と1階床(基礎)はそれぞれ53㎡ずつ多くなっています。
これだけ屋根や基礎の面積が増えると、建築コストへの影響もかなり大きくなります。
なお、2階建の場合は階段や足場といった部分で追加の費用が発生しますが、それらを考慮しても、やはり2階建の方がコスト面では有利になる傾向があります。
続いて、下図をご覧ください。
これは、先程の総2階(建物高さ:6m)の建物で、形状による外壁面積を比較した図になります。
図のように、③から①、つまり平面形状が円形に近づくほど、同じ面積でも外周の長さが短くなり、その分外壁の面積(表面積)も少なくなります。
ただし、円形の建物は施工が困難になりますし、多角形の建物は内部の間取りを効率よく確保しにくいので、建物の表面積をできるだけ少なく抑えるという観点から見た場合、現実的には正方形(スクエア)の平面が最も合理的な形状になります。
さらに立体的に考えると、同じ容積であれば本来は球体がもっとも表面積が小さくなります。
ただ、球体も現実の建築にはなじみにくいので、
実際には立方体、つまり「キューブ型」のような形が、建物表面積を抑えるという意味では最も効率的で、コスト面でも理想的な形状となります。
(※なお、設計方法によっては、同じキューブ型でも、屋根をフラットな形状にするより、一般的な三角屋根にした方が、表面積をさらに抑えられる場合もあります。)
ここまでは、建物形状を中心にお話してきましたが、実際の計画では、敷地形状や周辺環境といった現実的な条件を考慮する必要があるため、理想的な正方形の平面で建物を計画できることはほとんどありません。
多くのケースで長方形に近い形状になるのが一般的です。
では、長方形型の建物(建物高さ:6m)の場合、縦横比がどの程度までであれば、表面積のロスを抑えられるのでしょうか。
下の図をご覧ください。
この図は、正方形の平面形状③から長方形の平面形状④・⑤へと変化させた場合に、外壁面積がどのように増加するかを示したものです。③から⑤にかけて、建物の形が細長くなるほど、外壁面積が増えていることがご覧いただけると思います。
さらに詳しく比較したのが下の表です。
こちらでは建物の縦横比を少しずつ変化させて、外壁面積の数値を具体的に示しています。
この表では、下に行くほど正方形から細長い長方形へと変化し、外壁面積が増加していきます。(尚、7番・8番・9番は極端な例で、実際には住めませんが⋯。)
特に、緑色で示したあたり、表の6番(先ほどの図で示した⑤のような平面形状)以降から、急激に増加しているのが見て取れると思います。
ただし、表の赤字のライン、建物の短辺と長辺の比率が1:2程度までであれば、正方形と比較しても増え幅は一割未満で、外壁面積(建設コスト)の増加はそれほど大きくないということもご理解いただけるかと思います。
最後に、下図のL字型の建物(建物高さ:6.0m)について検証して終わりにしたいと思います。
図の⑥のような平面形状の建物は、実際にもよく見かけるタイプですが、この形状は、外壁の面積がかなり増えてしまいます。
実際、敷地の形や周辺環境など、さまざまな条件でこうした計画にならざるを得ないことも多いのですが、もし可能であれば、右上の小部屋部分の厚みを持たせて出幅を抑えるなどの工夫をすることで、外壁面積を抑えることができます。
ここまで、いくつかの例を挙げながら建物の形状と表面積(外皮面積)との関係についてご紹介してきましたが、これらはあくまで「コストを優先した場合」の考え方です。
たとえば、平屋には庭と一体になった豊かな暮らしや、すべての部屋がワンフロアで完結する動線の良さ、各部屋の独立性、さらには階段がないことで将来にわたって安心して住み続けられるといった、平屋ならではの大きな魅力があります。
また、L型やコの字型の住宅には、周囲の視線を遮る中庭空間や、プライバシーを守りながら外部と緩やかにつながるなど、その形状ならではの特徴やメリットもたくさんあります。
今回ご紹介したようなコスト面からの視点ももちろん大切ですが、どのような暮らし方を実現したいか、どんな価値観を大切にしたいかといった点が、住まいづくりでは最も重要なポイントだと私達は思います。
その上で、こうした考え方も、頭の片隅に置いていただければと思います。
最後まで、お付き合いくださり有難うございました。